勝利への執念を王監督に学ぶ

王貞治

テストの結果が悪かった時、ついつい落ち込んでしまいますよね。

学年トップの子の名前を挙げて、  

「○○君は凄いよね~」  

なんて、うらやましく思うこともあります。    

 

先日、ソフトバンクの王貞治監督が野球界の引退を表明しました。

選手時代、スター街道をひた走り、868本のホームラン記録を樹立し、そして日本国国民栄誉賞の第一号です。

また、記憶に新しいところでは、2006年 第1回 WBCワールド・ベースボール・クラシック世界大会」日本代表チーム監督として指揮をとりました。  

決勝戦で強豪キューバを破り、日本を世界一へと導き、選手・監督として名実共に「世界の王」となりました。

私自身は、王監督はいつも賞賛と尊敬を浴びていた人だと思っていたのですが・・・、  実は物凄くつらい経験をしてきていることを最近知りました。  

監督としての評価は悪い時代が続いていたのです。

1996年当時、ダイエーホークスの監督時代、チームの成績は低迷し、最下位でした。

チームの責任は監督の責任。 

ホークスのファンから、心ない王監督への強烈な罵声や  

「王は監督ヤメロ!」  

「王監督、頼むから辞めてくれ!」

といった横断幕が掲げられ、殺伐としていました。

そして、そんなある日、事件が起こりました。

逆転負けをした王監督とホークスナインの乗ったバスに、

「お前らプロか?」  

と言う罵声を皮切りに、次々と生卵がぶつけられたのです。(生卵事件)

 

選手時代にスター街道をひた走ってきた王監督としては、耐えがたい屈辱だったでしょう。

そのような屈辱の時期が長く続いたのです。  

通常ならば、監督は引責辞任となるはずですが、王監督はあきらめませんでした。  

ホークスに残り、勝利を信じてひたすら指導を続けたわけです。

そして、3年後・・・  努力の積み重ねが実を結び、ホークスは見事優勝。次の年もV2を勝ち取ったのです。  

当時「常勝集団」と呼ばれるまでにチームを成長させました。

誰しも良い時ばかりではありませんよね。

王監督に学ぶのは、選手時代も欠かさなかったという絶え間ない努力と、不屈の精神です。

あきらめずに、自分の最大限をいつも発揮しようとする気持ち。 

大切ですよね。 

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コメント

  1. ぼんくら より:

    私も子供の頃は王選手の大ファンで、写真集やらサインの入ったグッズを集めたりしました(関西人なのに)。
    監督時代の陰にこんなにご苦労されていたとは。
    しかし「努力」の人だから、あきらめずに頑張り続けられ、栄光を手に出来たのですね。

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