オリンピックも終わり、一息つきましたね。 少し熱も冷めた頃ですが、個人的に印象的だったのが、皆さんもご存知のジャマイカの陸上競技短距離選手、 ウサイン・ボルトです。
圧巻の走りで、北京に続いてロンドンでも100m、200m共に金メダルを獲りましたね。 予選時の余裕の走りなんかを観ると、彼はまさに非の打ち所がない恵まれた長身、完璧なボディを持って生まれたんだなぁと思っていました。 ところが…… 後になって知ったのですが…
実は、ウサイン・ボルトは病気持ちだったのです。
非常に珍しい、背骨が曲がっている『脊柱側湾症』という病気です。
不安定に揺れる背骨のバランスをとるために骨盤が大きく揺れ動き、筋肉に大きな負担がかかってしまうとのこと。
もちろん、アスリートにとっては、とても不利な病気です。
その影響で、左と右の筋肉の付き方も大きく違い、走った時の歩幅が左右20センチも違っているのだとか。 更には、スタートの時のフォームも足をまっすぐに伸ばしにくいなどの悪影響が出てしまい、それによってスタートのタイムも遅れがち。
過去には病気の副産物となる肉離れに悩まされたり、2004年のアテネオリンピックでは1次予選敗退という惨敗で挫折を味わったことも。 苦手なスタートで遅れをとらないように気の焦りから2011年の世界選手権では、金メダルが期待されていたのにフライングで失格になったこともありました。 周囲からの過剰な期待の中で、病気に負けない身体をつくるために週5日の地道でハードな背筋などの筋肉トレーニング。
弱点を克服するために気の遠くなるようなスタートダッシュの練習を連日繰り返し。
ジャマイカのオリンピックの選考会では、また太もも裏の筋肉を痛めてしまい1位をとれませんでした。
その後、体調を回復させるためにロンドンオリンピックまでの試合を全てキャンセルし、数ヶ月間表舞台から消えました。
その頃は周囲からも期待を疑問視されていました。
ボルトはもう限界だ、ボルトはもう勝てない、と言われ続けました。 得意の200mだけに専念したら、という意見もありましたが、 本人は100mも絶対に諦めませんでした。 ボルトもやっぱり勝利を信じて、やるべきトレーニングを地道に続けていたんですねぇ。
そしてオリンピック決勝本番では、トップスピードで人類史上最高の時速45キロを出していた、ということです。(スゴイですね…(^_^;))
曲がった肉体という弱点があっても、自分自身を信じて、戦い続けたウサインボルト。
まさに伝説のランナーとなりましたね。 さて、中学受験はオリンピックほど華やかなではありませんが、弱点があって悩んでいるお子さんにも ボルトのように挫折や弱点をも克服して、第一志望という金メダルを獲ってもらいたいです。